スタッフブログ
大イチョウ
- 2010年3月18日 07:47
- M.N氏の岡目八目
老木は優しいお年寄りと同じで、人を包み込む風情がある。
まして鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウは全国に知られる。
倒れたと聞き、感慨を覚えた方もおられると思う。
大人4人が幹に腕を回して、ようやく届くほどの太さがあった。
樹齢は1000年ともいう。長く生きてきた。
1219年の大雪の日、鎌倉幕府の3代将軍・源実朝が
参拝を終えて石段を下っていた。
おいの公暁はイチョウの陰に隠れて時を待ち
「親のかたき」と切りつけて討ち取った。
そんな「隠れイチョウ」伝説も残る。
1000年の間、台風は毎年のように来た。
巨大地震にも何度も逢ったはずだ。それでも揺らぎはしなかった。
いま八幡宮には初詣だけで200万人が訪れる。
イチョウは参拝者のない早朝を選んだように、根元から折れた。
八幡宮や地元自治体は
イチョウを再生するための検討を始めている。
木の一部を植え直す、枝から苗木を育てるなどが議論されている。
成功しても、巨大と言えるほどの大きさまで育つには
気の遠くなるような年月がかかることだろう。
風雪を刻んだ全国の老木は、もっと大事にされていいと思う。
ずっと立ち続けると思っても
いつかは風に揺らがぬとは限らないのだから。
(M.N)
卒業式
- 2010年3月10日 18:21
- M.N氏の岡目八目
3月は卒業式の季節です。
かっては「仰げば尊し」や「蛍の光」が
校舎から流れてきた。
郷愁を誘うメロディが耳に残る。時代とともに
卒業式で歌われる曲は様変わりしている。
2009年「卒業ソングランキング」(ヤフー)によると
1位は「手紙~拝啓十五の君へ~」(アンジェラ・アキ)
2位が「3月9日」(レミオロメン)
3位「旅立ちの日に」(トワ・エ・モアほか)。
「仰げば尊し」は4位。「蛍の光」は5位だそうだ。
いわゆる「卒業ソング」をたどってみると
「卒業写真」(荒井由美)、「卒業}(斉藤由貴)
テレビドラマ主題歌の「贈る言葉」(海援隊)
「巣立ちの歌」(ひばり児童合唱団)などだ。
今年はどんな曲が歌われるだろう。娘に聞いてみたら、
[SAKURA」(いきものがたり)や「涙空」(GReeeeN),「道」(EXILE)
などが候補らしいと話してくれた。
おじさん世代には、なじみが薄く
卒業式の感動を共有できないのが寂しい。
別れはつらい。涙が切ない。
しかし、春の日差しが一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
向こうには新たな出会いが待っている。
(M.N)
橋本聖子団長
- 2010年3月 7日 17:39
- M.N氏の岡目八目
さすが「五輪の申し子」というべきだろうか。
17日間の戦いの余熱があるバンクーバー冬季五輪で
日本選手団長を務めた橋本聖子さんのことだ。
冬と夏合わせて7回出場した実績はもとより
団長としての存在感に敬服した。
最も印象的だったのは、男子スノーボードの
国母和宏選手の服装問題での対応だった。
出場辞退を申し入れた競技団体を制し
「スタートラインに立たないで終わるのは逆に無責任。
私が責任を負う」と出場させた ”大岡裁き”。
競技を見守った後、国母選手に駆け寄って握手をした姿に
リーダーとしての器の大きさが伝わってきた。
女子モーグルで4位に終わり「なんで一段一段なんだろう」の
名言を残した上村愛子選手には
「4年ごとに積み上げた努力はメダルに値する」と
暖かいコメントを送った。
ドイツとの決勝の前に「死ぬ気で行け」とゲキを飛ばした
スケート女子団体追い抜きでは、「でも死ねないから・・・」と
付け加えたという。緊張感ある場面でのユーモアに
こちらも顔がほころんだ。
上に立つ人の度量に首をかしげることが多い昨今
努力と実績に裏打ちされた彼女の言葉や対応に
説得力と指導力が感じる。
帰国後「競技力向上には、国を挙げた強化や環境整備が必要」と
強調されている。今後は「議員力」で発揮されることを願い
応援したいとつくづく思う。
(M.N)
スポーツ界に不況の風
- 2010年3月 7日 17:34
- M.N氏の岡目八目
何と太っ腹な方か。冬季五輪スピードスケートで
銀メダルを獲得した長島圭一郎選手に1千万円
銅の加藤条治選手に600万円。
所属先の親会社の永守重信日本電産社長が
ビッグな奨励金を贈ることにした。
それぞれ係長と主任への”2階級特進”も約束し
「金メダル2回で社長だぞ」とまでオクターブが上がって
両選手は困惑ぎみだった。何はともあれ
不景気続きの昨今、こんな威勢のいい話題は久しぶりだ。
所属先の前身、三協精機は長野五輪金メダリストの
清水宏保さんら数多くの名選手を輩出した。
廃部も検討されたが「名門の名を消してはならぬ」と
永守社長が決断し、私費も投じて練習環境を充実された。
スポーツ界には長引く不況の寒風が吹きつけている。
ショートトラックの代表選手らは、五輪に向けて
練習場を確保するため日本各地を転々としたそうだ。
ソウル近郊に通年で練習できる室内リンクを持つ
韓国との落差は、あまりに大きい。
「最も金に近い銀」に輝いたスピードスケート女子団体追い抜きの
田畑真紀、穂積雅子両選手は富山市の小さな地質調査会社に所属する。
カーリングの”絶叫”解説で注目された小林宏さんは
自費で山梨県に練習場をつくり、普及に努めていられる。
企業や個人の孤軍奮闘が頼りでは、先行き心細い。
国費を投入すれば万事解決するわけではないが
国のスポーツへの理解と後押しが弱いのが、なんとも歯がゆい。
(M.N)
バンクーバー冬季五輪閉幕
- 2010年3月 4日 18:41
- M.N氏の岡目八目
熱戦の余韻を残しながら
バンクーバー冬季五輪が幕を閉じた。
日本は銀メダル3個、銅メダル2個を獲得し
橋本聖子選手団長は「前回をメダル数で4個上回った」
と総括した。
男子スピードスケートの長島圭一郎、加藤条治両選手は
「雪辱戦」の勝利者だった。靴1足分ほど及ばず2位になった
スピードスケート女子の団体追い抜きなど、惜しまれる敗戦はあった。
しかし0・02秒の差はスポーツの世界では絶対である。
フィギュアスケート女子は、やはり氷上の華だった。
浅田真央選手は五輪史上初めて、3回転半ジャンプを2度決めた。
頂点には立てず氷上は硬かったが、今回はほぼ完璧に演じた
金妍児(キム・ヨナ)選手を褒めるしかない、
華麗で完成度の高い内容を完璧に演じきった。
とはいえ6選手全員が入賞を果たした
フィギュアスケート陣の奮闘は見事だった。
特に大けがで1シーズンを棒に振りながら
銅メダルを手にした高橋大輔選手の頑張りには胸を打たれた。
あと一歩で表彰台を逃がし「何で一段一段ずつなんだろう」
と泣いた上村愛子選手(スキー女子モーグル)の
切ない言葉も忘れられない。
努力が必ずしも報われないのもスポーツである。
カーリングは一投で局面が変わり、テレビにくぎ付けにされた。
青森チームは一次リーグで敗退。スキップ(主将)の目黒萌絵選手は
「経験不足もある。力不足を感じた」。平均年齢40歳を越すチームもあった。
技術と精神力、結束力を磨けば、きっと次はより上を目指せると思う。
もう1人記憶に残るスケーターがいた。カナダのロッシェット選手だ。
会場で応援してくれるはずの母親を競技2日前に亡くした。
平常心で臨むのは難しかったろうに、開催国の代表として
滑りきり銅メダルを獲得した。心から拍手を送りたい。
(M.N)
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