Home > Archives > 2011年12月 Archive
2011年12月 Archive
災害のない年に
- 2011年12月25日 17:24
- M.N氏の岡目八目
この一年を一言で表現するとしたら、色々あっても「激動の年」
は外せない。肝心な政治経済は今なお国内外ともに
揺れ動いたまま。エジプトやリビア、チェニジアなどで民主化運動の
勝利が象徴的だが、さらにユーロ圏では深刻な財政危機です。
ギリシャに端を発し、イタリアなどでも現実問題になってきた。
その影響は円高となって我が国にも押し寄せ、厳しい財政運営、
経済環境を強いられている。まさに政情不安であり、経済不安だが、
その課題処理は来年以降へ。内政面で山積している課題も然りだ。
一方、社会現象に目を向けると、今年は大規模な自然災害に
見舞われた年でもありました。多くの日系企業も水没したタイの
大洪水もそうだが、国内では大雪、大雨、大地震・・・。
年末年始に鳥取・島根を襲った大雪で漁船380隻が沈没、
国道で千台の車が42時間も立ち往生。
9月初めには三重や和歌山、奈良県で、土砂崩れダムという
新語が物語る記録的豪雨があった。それより何より3月11日の
東日本大震災である。誘発された大津波は沿岸の街を次々と
飲み込み、1万5843人(12月22日現在)の命を奪い、
行方不明の人はなお3470人余と警察庁で発表されている。
多くの人が仮住まいを強いられている。さらに、東電・福島
第一原発の崩壊による放射能汚染の直接、間接の被害は広がる一途だ。
復興の動きも緒についたばかりのようだ。ちょっと気が、
早いのですが、来年は・・・こう願わずにはいられません。
「災害のない年に」 本年も『岡目八目』ご愛読有難うございました。
ジェクト社長、各位のお力添えに感謝しています。ジェクトも、
「新しい感覚と新しい工法で建設業にご尽力されています。
来年はますます「まちづくり」に、ご貢献されますことを
祈願し本年の最後のブログといたします。皆様方には、
ご健勝で良いお年をお迎えくださいますよう。来年も日々の
ニュースを軸に『岡目八目』でお伝えしたいと思っております。
(M.N)
価値観
- 2011年12月22日 09:04
- M.N氏の岡目八目
先日のNHKテレビ番組「瀬戸内寂聴青空説法」で
「忘己利他(もうこりた)」の話を拝聞した。伝教大師・最澄の
「己を忘れて他人の利益のために尽くす」ということ言葉だった。
これを実行しているのがボランティアだという。
青空説法で寂聴さんは陸前高田市でボランティアで活動する
若者たちと出会ったエピソードを語っていられた。
今回の大震災では多くの若者たちが被災地でボランティア活動
をしている。こうした姿から人は生来、人を助けるという遺伝子を
持っていると痛感した。よく「今どきの若者は・・・」
と嘆く中高年もいるが、若者たちにしっかりと他人を思いやる
「忘己利他」があるのだと心強い思いがしている。
第2次世界大戦後の経済成長の原動力となった経済至上主義。
これは経済成長こそすべてという価値観であり、必然的に
会社人間が励行、優遇された。会社で出世してお金をたくさん稼ぎ、
家族を幸せにする。それが今の若者たちの親世代のおおかたの
価値観だった。
ところがそれを見て育った若者たちは経済成長だけを追い求める
ことの無意味さや日本経済の厳しい現状を理解することで、
親世代と考え方が変わってきた。
これまでの経済活動一辺倒の価値観から少しずつ他者のために
自分ができる範囲で何かをしようという「忘己利他」の精神が芽生え、
仕事一筋より仲間と助け合って生きていくことの大切さに気付いた。
「『もうこりた』を『もう懲りた』にしちゃだめよ」。
青空説法のあとに広がる笑顔と涙に、寂聴さんの底知れぬ魅力を感じた。
(M.N)
NHK大河ドラマ
- 2011年12月16日 10:40
- M.N氏の岡目八目
来年のNHK大河ドラマは「平清盛」という。書店に清盛の
関係本が多数並んでいる。武家の栄枯盛衰の物語はいつの世にも
人気のようで過去にも「源義経」「新・平家物語」「草燃える」
「義経」が放映された。
今回の清盛役はむつ市出身の松山ケンイチさん。活躍目覚しい
人気俳優だが、大河ドラマの主役なら俳優として大出世だろう。
来年こそじっくり見ようと思う。
清盛の時代と言えば、東北地方は藤原三代で最も栄えた秀衛の時代に
あたる。都では武家が台頭し、源氏と平氏が激しく対抗していた。
当時、平泉の軍勢は、約17万。馬産地である奥州の動向を
源氏も平氏も注視していた。
だが、秀衛は東北の独立を守るため、兵は鍛えたが、中立の立場で動かず、
北方の王者として君臨した。清盛が太政大臣になってすぐ、秀衛は
鎮守府(ちんじゅふ)将軍に任ぜられるが、欧州勢を恐れた清盛の推薦
とされる。清盛死後に陸奥守(むつのかみ)に出世するが、清盛の遺言
だったようだ。
ちなみに奥州の奥、こちら糠部(ぬかのぶ)の地は、藤原氏の勢力下
にはあったが、ある程度の独立性を保っていたらしい。源頼朝の
奥州平定までの間、しばらくは平和を享受していたようだ。
(M.N)
恐怖
- 2011年12月13日 08:06
- M.N氏の岡目八目
ブリヂストン美術館で野見山暁冶(ぎょうじ)展を見てきた。
野見山さんはもうすぐ91歳。鮮やかな色彩と自由奔放な筆遣いで、
自然の奥に潜む本質を描き出す推象画で知られる画家だ。
長野の無言館に展示されている戦没画学生の作品収集に
最初に取り組んだ人でもある。10代の作品から最新作まで紹介する
今回の回顧展には、特別出品として「ある歳月」と題する
巨大な作品が展示されていた。
今年6月に東日本大震災の被害地を訪れ、そのときのスケッチを
もとに描いたという作品だ。最近エッセー集「異郷の陽だまり」
によると、テレビで被災地の惨状を見ているうちに
「その中に立ちたい」と唐突に思ったそうだ。
「すべての景色はうつろうものだ。魔性を孕(はら)んいる
ものは美しい」といった自然観を持つ野見山さん。だが、
原発事故で人が消えた集落の静けさには恐怖を感じてこうつづる。
「人間はもう取り返しのつかないことに手を染めたのだという
思いがつのる。・・・さほど遠くない将来、地球は壊されてしまうと、
殆ど確信に近い恐怖をぼくは抱いている」。
作品「ある歳月」には、すさまじい勢いで押し寄せる
津波のような、ささくれた線も見て取れた。荒々しさの中の
不思議な静けさは何かへの祈りなのだろうか。福島で
野見山さんが抱いた地球が壊される恐怖」を現実のものには
したくないとつくづく願い祈った。
(M.N)
庶民の願う平和
- 2011年12月10日 13:55
- M.N氏の岡目八目
NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」が終わった。
戦国時代を生きた名だたる武将や姫が「太平の世」を願い、
幾多の犠牲の末に徳川が天下を始める物語になっていた。
絶対的権力を持つことで逆らうものを出さないという
「太平の世」を目指して戦わなければならない悲しさ。
「太平の世」とは庶民の願う平和と同じなのだろうか、
と思いながら見ていた。
12月8日、真珠湾攻撃から70年を迎えた。映画「聨合艦隊
司令長官山本五十六」が今月公開となる。山本五十六に対する
評価はさまざまだが、日独伊三国軍事同盟や日米開戦に反対し、
日米開戦になると早期和平の作戦を立てたとされる。
なぜ真珠湾攻撃で自ら開戦の火ぶたを切ったのか。
映画の公式サイトを見ると、その謎を解き明かすとある。
欧米諸国の植民地支配から解放し、日本を盟主とする
共存共栄の新たな秩序をつくるという大義名分「大東亜共栄圏」
で突き進んだ戦争が、庶民の願う平和と同じであろうはずは
なかった。戦国時代などの歴史から学ぶことは戦術ではなく、
争いを起こさないための方策であるべきだった。
同サイトでは、不況、雇用不安、所得格差、次々と交代する
総理大臣など、昭和初期から戦争が始まるまでの十数年と
現在の状況をダブらせていた。政権交代で諸問題が、解決するか
のような幼想は去った。
権力争いではない解決策を講じなければならないと
歴史は語っている。
(M.N)
落語を愛した人
- 2011年12月 6日 09:04
- M.N氏の岡目八目
古典落語の名手、鬼才、超のつく毒舌家、反逆児・・・
この人ほど多彩な才能にあふれ、同時に「破天荒」という
言葉が似合う芸人もいまい。落語家の立川談志師匠が
75歳で亡くなった。
45年前に始まり、いまだに人気のテレビ番組「笑点」の
初代司会者。大喜利で、答えの面白さによって座布団が
もらえたり、取られたりする仕掛けを考案したという。
畳を積み上げた上に座る牢(ろう)名主にヒントを得た
というから、才気が知られる。
若いころから落語のうまさに定評があり、将来を
嘱望されていた。が、その後は参院議員に当選したものの
"放言"を連発したり、真打ち制度などをめぐり落語協会と
対立して脱会したり。人生の軌跡は波乱に富んだ。
高座から居眠りしている客を見つけ、「やる気がなくなった」
と噺(はなし)を中断したのもこの人らしい。しかしこれは、
落語を深く愛すればこそ、食道がんを公表した後も、
高座に上がることにこだわり続けた。
晩年に語っていられる。「長生きをする人は暴飲暴食をしない。
それじゃ面白くない。生きてっるていうだけじゃ、おれはだめ」
「引き際、死にざまほど難しいことはない」。
先輩の六代目三遊亭円生、上野動物園のパンダが死んだのと
同じ日に亡くなった。それで翌日の新聞記事の扱いが小さくなった。
「どんな死に方を望むか」と聞かれた談誌師匠、「そんな日は
避けよう」。最後まで才気を振りまいて、旅立たれた。
(M.N)
稀勢の里大関昇進
- 2011年12月 2日 17:02
- M.N氏の岡目八目
稀勢の里が大関に昇進した。技巧や派手さは薄いが、
力と気迫で正面から全力でぶつかり一歩も引かない相撲は、
師匠の先代鳴戸親方(元横綱隆の里)に似ている。
早くから大関候補と言われた稀勢の里は今場所、
師匠の急死という悲しみの中での土俵となった。
ここ数年は一進一退の星勘定が多かったが、昨年の九州場所で
白鵬の連勝を63で止めた実力は十分。今場所も
正々堂々とした取り口で、審判員らの高い評価を得た。
先代鳴戸親方は現役時代、糖尿病を患いながらも辛抱と
精進を重ねて横綱に登りつめた。猛稽古で肩に隆起するように
ついた筋肉と、腰は高いが怪力で相手を投げ飛ばす相撲を忘れない。
引退後は弟子の指導に熱心で、土俵外でも「人間の幅を広げろ」と、
読書や芸術鑑賞を勧めたという。
稀勢の里はインタビューで「親方に指導してもらったことを思い出し、
しっかりと相撲をとった」「慢心しないでもっともっと上を目指す」
と述べた。悲しみを乗り越え、亡き師匠への恩返しの報告と決意表明
となった。
日本力士の低迷に合わせるように、相撲人気が下降した。
そうした中、琴奨菊に続き、二場所連続で日本人大関の誕生という
朗報だった。存亡がかかった土俵際の今こそ、日本人力士の再起が
欠かせない。稀勢の里、琴奨菊が新たな時代を切り開くことを願いたい。
(M.N)
- Search
- Links