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雑草のごとく

たくましさのたとえに必ず登場するのが雑草だ。
植物研究の泰斗(たいと)でもあった昭和天皇は「どんな草」
にも必ず名前がある。だから雑草という草はないのだよ」と
言われたそうだが、ここではあえてその名も知らぬ雑草の
たくましさにふれたい。

大津波によって建物がすっかり流され、土台だけが残った
その土の部分を覆いきって秋を待っていたかの如くそよいでいるのが、
雑草たちだ。被災から半年が過ぎた。田んぼの稲も、畑の野菜や
草花も塩分によって生育を阻まれた中にあって、雑草だけは
何事もなかったように生を謳歌しているそうだ。

「雑草ってすごいな」といういまさらながらも、改めてその
生命力の力強さに感心する友人の声を何度も聞いた。
植物にはまったくうとい私も、ただノギ科とだけは思われるその草が
もう子どもの背丈以上に伸びているさまを廃墟跡で見たとおりの写真を
同じ友人から送ってきた。

なぜ俗に雑草といわれる草はこんなにもたくましいのか?
嫌われて疎まれてもまったく意に介せず、ひたすら天空に向かって
成長を続けるそのパワーの源泉はどこにあるのだろう。
きっとそれは誰の助けも借りずに独力で生き延びてきた
DNAがもたらすものではなかろうか。

被災地の復興はまさにこの雑草たちの生き方に学ぶべきかもしれない。
むろん復興は被災地ひとりが自助、自立で立ち向かうわけにはいかない。
その今後は国に多くを委ねるしかないが、しかし被災地の一人一人は
その心持ちのありかを大地にしっかりと根付かせる必要があると
思うのです。

(M.N)

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