- 2010年5月 4日 10:30
- M.N氏の岡目八目
万国博覧会。輝くべき第1回開催地は1851年の英国・ロンドだった。
再びロンドンで開かれた1862年、福沢諭吉(1834-1901年)ら
36人の遺欧使節団がその大博覧会を見学、西洋の技術発展に
目を丸くしたようだ。
明治に入って日本の国是は富国強兵・殖産興業。
その成果を世界に示そうと1907年、日本は万博誘致を試みるが 世界からは相手にもされなかった。歳月は流れて1970年。
念願かなって日本万国博覧会 (大阪万博)が開催したのは
その年の3月14日のことである。
「こんにちは こんにちは 桜の国で 1970年のこんにちは・・・」。
軽やかなテーマソングが日本中に流れた。
東京オリンピックの成功から6年、「人類の進歩と調和」をテーマにした
大阪万博はまさに高度経済成長を加速させた日本の
「大国入り宣言」でもあった。
大阪の千里丘陵に造成された約330万平方メートルの会場の中心に
岡本太郎(1911~96年)制作「太陽の塔」がそびえ立ち
117のパビリオンが展示を競った。
宇宙船のドッキング場面を展示した「ソ連(ロシア)餡」
月の石やアポロ2号の実物大模型を展示した{アメリカ餡}。
日本は「電力餡」「鉄鋼餡」「自動車餡」などで国力を誇示した。
5月1、大国・中国の勢いそのままに上海万博が開幕した。
テーマは「より良い都市」、より良い生活」。
北京五輪(2008年)に続く中国での国際イベント。
GDP(国内総生産)2ケタ成長など、日本が世界の大国の仲間入りをした
高度成長期とよく似た状況での開催である。
世界が目を見張る成長の反面、環境破壊や貧富の格差拡大など
負の側面を同時に抱え持った大国の真価が問われる 万国博であると思う。
(M.N)